2021年5月13日木曜日

2021/5/14

 

こんばんは人都です。
今日は雨の中植え込みを整備して精神を壊すかと思いました。
ところで小説を思いついたので今日はそれを残しておきます。
寒々しく完全に思い付きの陰鬱な話ですがオーブンでブンして食べてください。



──

潮の匂いは人が腐る香りよりも強かった。

体内をぐずぐずにする細菌はそれよりも大きな地球のシステムには、些細な揺らぎであったらしい。


海沿いのガラクタのような町だけが山を隔ててその生命を分けていた。

世界に身体を内側からぐずぐずにするウイルスが流行ったのは今となっては大昔のような春で、最初は数日で収束するだろうと言われていたのに気がつくと月は重なっていた。

都内では店舗や就労に国からの制限が掛けられてはいたそうだが、今はそれどころでもないらしい。

Twitterのトレンドはそういっている。

だけれども対してこの海沿いの町は夜になれば元よりスナック崩れの居酒屋すらも灯はすぐ消えてしまうような場所だった。

タイキも年頃になれば勝手に町からは出ていけるものだろうと信じ、中学生活を送っていた。

自分の歳離れの兄だってそうだった、別に大した志は無くともなんとなくの流れとして県の中心部の巨大な高校に通学するようになった。

町の小学校は数年前に閉校し、中学校と既に統合されている。

ガラ空きになった古い木造建築を、流行りのリノベーションで何か町興しの話題にしようという議論が持ち上がったことはあったが、楽しい夢を語る以上に高台の上にある潮風で劣化した建築物を再整備しようという気自体は結局誰も起こさずに、もう年は流れていた。

町に愛のある老人にしろ、街をモデルケースにしようとした移住者の教授にしろ、机上の空論こそは起こせどもそれらの空想を誰も実行はしなかった。

つまりは、変わる事をこの町の誰もが恐れていた。

そうしていつも通りの生活を15年繰り返していたタイキは、そんな災害のような蚊帳の外からいよいよ高校生すら成りそびれ、地元の親の小規模な海産物加工の仕事をなあなあに相続していたが、結局そのパンデミックは世界的な問題となって山の向こうの道の駅をはじめにそもそもの出荷先すら無くなっていた。

それすらも変化にはなり得ず、兄貴が外に出てある日を境に帰って来なくなったから、自分がその後継の責任を持つ他無くなったという選択肢の欠如によるものだった。
田舎からでも視聴の出来るいくつかのテレビの放送局は未だに続く謎の24時間のショッピングチャンネル以外は、まともに機能をしていない。

それよりかはまだTwitterの方がマシではあるが、フォロー数を鑑みてもタイムラインの動きは鈍いものだった。


去年の春を過ぎて、その夏頃には最も衝撃的ないくつかの画像があらゆるメディアを賑わせていた。

兄貴がTSUTAYAから借りてきた、ロメロとかいう監督の作品にその情景は似ていて、たしかに現実のもので知っている著名人の訃報は流れてくるのにも関わらず、抱いていた感情は恐怖というよりも諦めに近く、ああそうなんだという気持ちだけが喉を締めていた。

恐らく年頃から言えば違法ではあろうが、親父の影響で軽トラックぐらいは運転技能のあった彼は一度、そのウイルスが蔓延した後に山を抜けて二つほど隣の快速が止まるような街へ行ったことがある。

目的地はあった気がするが、それを思い出す前に屍の行客を運転席から眺めてからたちまち忘れてしまった。

外傷から見ても確実に生命が終わっている何者かが、ただゆらゆらと町の中を呻きながらと歩いているリアルがあった。
 
悲鳴で映えるホラーゲームのように生者に嚙みつくわけでもなく、虚虚とあてどなく徘徊するゆっくりとした絶望はアクセルを踏み込んで見ないふりをした。

ただそれはいたづらに人を襲うような代物ではなく、ただ歩行をするだけの壊れたねじまき人形のようで壁にぶつかったままに歩き続けたり、果てには足が砕けていても手を振り歩こうとするものが蠢いているだけで、それは水溜りの中に湧くボウフラか腺虫のようでさほど人間だとはもう思えなかった。

だけれども、それは世界でしっとりと増えているはずなのだ。


「命を一人見事に助けたのに感謝すらまともに受け取れないの?」

海岸沿いのコンクリート塀の上を、田舎に似つかない少年が器用に歩く。

顔を覆うような大きなフレームのメガネ。

「お願いだから関わらないでくれないか。」

海はどんなメディアよりも広く粗雑で扱いに困るけれど、側から眺める分には果てもなく美しい。

少々脂で汚した軽トラックは街の行き帰りの間に、荷台にお荷物を増やしていた。
いつどこで乗ってきたのかは知る由もない。

ただ、脇目を逸らさないのは安全運転の基本だ。

波間という無造作かつ精錬された音の中で、その受験生は時折うるさく喚いていた。

背負われた鞄には英字が一つでかでかと書かれていたから、その知識から鑑みるにイイトコの中学受験生か何かだろうと勝手に彼は解釈していた。

タイキとしても余計な話はしたくはなかった、けれどもいくら口うるさく、纏う身分が違う者であれついてきた幼い子供を無下に扱うわけにもいかず、たまに食料を分けてなるべく他の町の者に見つからぬようにと警告をしていた。


山の方から銃声を聞いたことがある。

戦国時代ごろには湾岸沿いの壁のような切り立つ山が防衛に有用な山城として活用されたこともあると授業で聞いた覚えがあったが、同じぐらい連呼されたのは不用意に山には近づくべきではないという訓話だった。

熊や蛇が出るとは聞いた気がするし、単純に見かけ以上の傾斜を持つことから不用意に一人で向かうべきではないと言われもっぱらのこどもの遊び場は砂浜だった。

奇しくもその厳しい山が都市間の異常な感染症からこの町を守ってしまったという事実もある。


「また食べ物が切れたら駅前に行くつもりある?」

小学生は聞いた。

「そうする他ないと思うけどね。」

「腹でも減ってんのか。」

タイキは目を合わせないようにしながら、それとなく回答を待った。

基本的に町には漁業設備も、NPOがご立派に残した金のかかってそうな善意で整備された菜園や川辺も遺されていた。

ただ炭水化物であったり、調理にエネルギーのいらないジャンクな食べ物には限界があり、また十分な水があるとは言いづらく、結局は行っては帰るガソリンの限界を使ってでもやはり補給線を持つ必要はあった。

「当番から言えば、次に行くなら俺だろうとは思う。」

こういう時なら補給をするならショッピングモールや大型ホームセンターが妥当なのだろうが、つまらない仕事を助手席に座って眺めていた為に業務性の高い流通網やそういった食品を貯蓄する倉庫には心当たりがあった。

何よりこの集落の中で自分より若いものはもうこの部外者のほかにいないことを知っていて、次の生命線確保の不幸な三割に食らわれる残機とされるのであれば、それはもう自分しかいなかった。

流行り始めの頃に、淡い感情で燃費の悪いトラックを走らせこそしたもののそれが迂闊な行動であったことは長期化した世界ではうすうす勘づいていた。

「ねえお兄さん。」

腐敗病に関わらずとも医療体制も万全とはいえない、町に残された縁深い老人は既に何人かが死に、火葬を行う術もないので合意の下で漁師が遠い海に捨てた。

「もうこの町は腐ってるよ。」

「逆だろ、ここ以外が腐ってる。」

「人が精神的に腐ってるのと、肉体的に腐っててその二択に例外が無いならどちら派さ?」

「部外者の思考パズルのワークショップは飽きてる。」

「考える機会がないというのは不幸なんだから、お兄さんは幸運なんだよ。どこまで受け入れることが下手なんだよ。」

「幸せかどうかとかは自分が決めることだろ。」

「少なくとも考えられる余裕はボクには幸運だよ。みんな大抵裂傷からおかしくなった。モンスターパニックっていう程スピーディではなかった分人権こもごもで偉い人の対処が遅れてこうなったけれど、かしこいから生き残れたことに変わりはないでしょう。」

孤独症なのか、多弁症なのか、そのよく回る口先は正論である事は理解できたが相応に鼻に付く。

どのコミュニティにも喋りたがりな奴はいる、知識の引き出しを開け続けなければ体調を悪くするような突飛な嫌われ者は田舎にすら存在する。

タイキの兄がそうだった。

「お前を爺ちゃんどもにいい顔をして見せてやろうか?俺以上に部外者が嫌いな前時代が見れる。」

海原の反射光を睨みながら、タイキは呟いた。

「死ねって?」

少年は返した。

破損した漁船の瓦礫で雑に封鎖された湾岸沿い高速道を、二人して距離を取って歩いていた。

眼鏡をかけた雄弁な少年は自分をイリテと名乗った。


「アイデアがある。この町を後ろから食ってしまおう。老人はいずれ死ぬのだからボクらが生き残った方が有益だ。なぜかライフラインは生きているから、完全に都市機能が死んでいるとは思わない。でも資源は有限だよ。海という大きな畑はあっても漁船だって動かすエネルギーは限られる。尽きない物なんてない、貯蓄量が人の食事量よりも十分なのはさすが漁村だけど。ついでに言えばこのサークルの中で今一番食事の量が要るのはお兄さんでしょう。我慢したって還暦以上のジジババに比べちゃどうやったって足りない。ついでにボクの分まで最近は多めに取り分をカウントして。実は一番偉い人にはいい気持ちをさせていないと思うんだよね。ボクの言いたいことわかる?」

「趣味が悪い。クラスにお友達がいなかっただろ。」

「人間関係に気持ちが無かったからここに来れたんだよ。お兄さんは?人間関係に気持ちがありすぎやしない?みんなで一緒に腐れば怖くないとか本気で思ってるの。ああ、もうそれか腐っているのか、精神構造とか常識とか情操教育とかがあの老いぼれのせいで。」

「それが責任って奴だよ。お前のどんだけ頭がいいか知ったことじゃないけど、なにか人の成果とか思いとか立場とか、経年しないとわかんねえこともあるだろ。」

「有能な英雄とか使えそうな元軍人はスプラッタ映画でまず死ぬよ。」

「ガキはアニメ映画見ろ。」

「そのガキ向けの少女漫画で計画結婚を視野に入れる時代だよ。」

タイキはこのいけ好かないガキに手元の瓦礫でも本気で投げつけようかと考えたが、船の運転の術までは知らず死体の処理を諦めることで怒りを留めた。

せめてこいつに自分が一身に背負う介護の負担を、半分でもかけられないかとは思考した。

「お兄さんが完全犯罪でヘイト買って太平洋に沈むのと、ボクらが組んでこの終わった漁村を乗っ取るの、どっちがいい?」

イリテは言った。

「たぶん後者の方が楽なんだけど。どう思う?」

潮騒はやかましい、海鳥はみゃあみゃあと鳴く。

コンクリートには耳慣れないハイテンポの足音がする。

「考えればいいよ、避難所だかコミュニティセンターだか集団老後施設か知らないけれど待ってる人がいるんでしょ。」

「お前のことを教える。逃走中とか好きな年頃か?ほんとうは怖いなら今から逃げれば、気狂いの若者の幻覚になれる。」

「海風をゾンビが嫌うのは知ってるでしょう、今晩もそこで寝る。」

「多分おやっさんは孫ぶっても許さない。」

「残念ながら好かれることは苦手。媚を売るのもね。演技も得意じゃない。」

「そんな気はした。」

「だからこそ、ボクの話に嘘はないよ。そして狂ってもいない。ねえお兄さん、生き残りたくはない?」

自分よりも小さな子供の言葉が、思考の足をつかんで離さない。

「ボクにはいい考えがある。賛同するなら夕飯を浜辺に置いておいて。」

青年は言葉をつぐみ、自身の最も安全な空間へと帰った。

段ボールと新聞紙で作られた集会所と、十数回目のエピソードトーク、演歌の流れるカセットテープを耳にする。

そしていつも通り、暖かい夕食と気の利いた介護を提供する夜。


そして特に腐ったような海が煩い夜。

タイキは湾岸に乾麺を放置した。


──

仮称は「潮騒の屍」です。
潮風に弱く致死率の高いゾンビが流行った世界で、少年と青年が共犯をするベタつく暗い話。
気が向いたら続きを書きます。
推敲はしてないので、許せ。
それではおやすみなさい。


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