2020年10月6日火曜日

06、あなたには帰る家がある

 こんちは人都です。


今日読んだ本は直木賞作家である山本文緒の「あなたには帰る家がある」という、ちょっとドロッとした恋愛小説です。

あなたには帰る家がある (集英社文庫) 山本 文緒 https://www.amazon.co.jp/dp/4087487385/ref=cm_sw_r_tw_dp_x_TkhFFbHD5MA2X

この小説は父親の本棚から拝借してきたものです。

私の父は私とおなじかそれ以上に本を愛好しており、棚にはまた私とは違う系統の文庫が並んでいます。

まあ、私が時代劇物が唯一苦手なために三国志やマイナーな武将をメインとした本には手を伸ばせないのですが。


この小説の中心となるのは二組の男女、住宅セールスを生業とするサラリーマンの秀明、行動派かつ真っすぐな性根を持った幼い娘を抱える真弓の夫婦と社会科教師で茄子のようだと形容される太郎、その妻の危うく異様に美しいけなげな綾子とその一家です。

あえて先に言ってしまいましょう、この小説の主軸は不倫関係にあります。

こういってしまえばなんだ不倫か、よくあるドラマの美化不倫みたいなやつか、と思われるかもしれませんが、そんなありがちな不純さを単純に結論付けられない形に運んでいる描写の手腕がとてつもないのがこの小説です。


この物語は茄子田が思い付きのように新築を買うことを考えるシーンから展開されていきます。

そしてそれに従って彼の一家は住宅展示場へと足を運びその過程で契約の取り付けに励む一介の会社員、秀明と顧客とスタッフの間柄で知り合うこととなるのでした。

住宅展示場は家にまつわる、まさに理想を形にしたような設備が様々に展示されたちょっとした夢のテーマパークのようです。

子供たちははしゃぎ、それに釣られて周囲の大人たちも金額を横に置きながらサウナや星の見える天窓、最新の二世帯住宅の形について希望を口にしていきました。

しかしながら、太郎が荒々しく品のない口調で要望を語りだせばその他の身内は全員黙り、太郎の言うがままを是とするように振舞います。

営業マンである秀明は戸惑います、契約をいかに取るかが評価に結びつく世界では高いオプションを付与できる可能性のある潜在顧客は手放したくはありません、それなのに先ほどまでの希望をまるでなかったかの様に茄子田家の一家は黙ります、何より家を施工する際に最も話し合うべき家族間の意見は太郎以外は全員異なっているはずなのに誰も対話すらしようとしません。

茄子田家のような複数世帯の潜在顧客を狙い目とした秀明はそれ以降何度も自宅へと足を運び、手を変え品を変えどうにかして綾子をはじめとした一家との交友を深めることに力を注ぎ始めました。

その内に彼はこの家の歪な構造と立場関係、そしてその中に一人だけ他所から嫁いできた綾子の脆さを目にします。

懸命に家事をこなし食事も品数多く作り上げ、理想的な食卓を作り上げるその椅子に太郎が座ることはありません。

なぜか?簡単です、彼は口調が悪く醜悪な割に適当な女を口説く癖があり、風俗やスナック通いを行う男なのですから。

綾子はそれを知っていて、それすらも飲み込み毎日を模範的な母と主婦として巡らせていましたが、その日常の中に突然訪れたのが秀明という並みにハンサムで自分の家事を褒めてくれる唯一の男性でした。

彼と彼女はそうして逃避的な恋愛に身を投じます。

と言っても駆け落ちなんてできるほど夢想的な二人ではありません、なぜならそこには仕事があり、子供があり、そして二人は既に「避けることの出来なかった結婚」という縄に縛られた者同士であったから。


秀明も前述のように既婚者であり、家には妻と幼い子供を抱えています。

そして彼も全く出来た男というわけではありません。

どちらかと言えば男が働き女は家業に励めよというソフトな男尊女卑を抱えた非常に古典的な男性で、その思想を種として妻との間には確実な不和を生んでいました。

ええ、その不和から彼の妻は子供を保育園に預け労働に復帰を試みることとなるのです。

それは頭の凝り固まった、家事を一ミリも手伝いやしない夫への小さな反逆でした。

小さな小さな日常のゆがみが確かに波となって、静かに登場人物たちを擦れ違わせ傷つけ走らせる、そんな現実的で全く浮つくことの出来ない恋愛小説がこの作品です。

登場人物たちは読者にとって皆が皆好きになりきれず、共感が可能でなおかつ非常識ではない程度にささやかなズレを抱えたとてもリアルな人間たちです。

女癖の悪い太郎にしろ、ヒロイックな綾子にしろ読み進める内にその人間が如何に立体的な存在であるかあなたは気づかされることになるでしょう。

不倫に限らず、仕事に男女に家庭の在り方に愛に利益に多様性に、とにかく様々な糸が絡みあってこの閉塞的な物語を道徳の意地悪なトロッコ問題かのように複雑にしていきます。

きっと誰の考えも欲も正しくはありません、ではせめてこの相容れない問題をできる限りの幸せを持って走りきるのにはどうすればいいの?

タイトルの「帰る家」は救済でしょうか、それとも束縛の皮肉か。


ちなみにドラマ版もあるようですがそちらは若干人間関係が変更されていてほとんど別物だとかなんだとか。

個人的には一筋縄ではいかない物語は大好きなのでとても満足できましたし、様々なことを考えさせられる小説でした。

とてもおすすめです。

人都でした。

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